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【書評】ロジャー・イーカーチ『失われた夜の歴史』

失われた夜の歴史

失われた夜の歴史

 大量の一次資料から、モザイク的なやり方で当時の夜を浮かび上がらせていく。その手法のせいでちょっとイライラするけど、そこそこうまくまとめてくれてる。難しいしねこういうの。夜の姿が大きく変わっていく時期をだいたい産業革命ごろに見るのがこの本の枠組みなんだけど、都市と田舎の違いとかなんやかやがあってそんなに見通しがいいってわけじゃない。でも、いろんな要素を拾い出してくれてるのは逆に好感が持てる。歴史の組み立てはそんな簡単にできないし、しちゃいかんのだもの。
 昔の人の夜は、ロマン主義者がいうみたいな静かで安静な夜なんかじゃなくて、みんないつ侵入されるかってビクビクしてて、通りのうるさい音にもイライラしてて、不浄なる三位一体「ノミ・シラミ・トコジラミ」の巣食う寝床でもうカンカンになってたわけで、むしろ現代人の方が圧倒的に安静な夜を過ごせているのは確かなんだ。夕暮れも文学なんかでは美しいものというよりは怖いものとして現れていた。暴行や窃盗や強盗が闇に乗じてそこらへんに闊歩してたわけだし。そういうふうな夜に行われる犯罪には逮捕権の拡大とか拷問の許容とか重罰とかでなんとか抑えようとしたけれど、夜はそんなのをものともしなかった。ある弁護士によれば1742年にロンドンで午後10時以後通りをひとりで歩いている者はいなかった。棍棒を持った犯罪者たちが目抜き通りで幅を利かせていたのだ。安全を守る夜警ってのは「ある評者によれば、「人類のクズ」だった」んだって。キツイものね。そんなにたくさんいたわけじゃないから返り討ちにあっちゃうかもしれなかったし。レンブラントのアレみたいなのでは全然なかったんだそうな。それに夜中は大声で歌い散らしててまあまあ喧しかったそうな。
 各都市で照明設備が大きく検討され始めたのが17世紀は後半になってからで、ファンデルヘイデンの灯油ランプの実装が、パリは1667年に、ロンドンは1683年になされた。でもそれらは今の基準からすれば全く不十分だった。全然明るくなかった。まずそもそもそんなものはほとんど置かれてなかった。家庭じゃ19世紀にマッチが発明されるまでは火を起こすのは一苦労で、種火はだいたい隣人から調達した燃えさしだった。燃料には普通の家なら年に1トンから2トンの木を使用し、下層民なら家畜とかのウンコが使用された。産業革命前の照明は、1000年以上前から変わらずにロウソクとランプとキャンドルウッドの三つだった。そこで、道の照明が変わるのに決定的だったのが1807年の(ウィリアムマードックの石炭ガスを使った)ガス灯の導入だ。ロンドンでこれがなされてから、ほかの都市がどんどん真似し始めた。従来の灯りの10倍以上の明るさだからそれはもうすごく明るかった。明るすぎた。そして夜警もどんどん増える人口に対処しきれなくなり、権力の介入に敏感だったイギリスでも1829年にロンドン警察設立にともなってに消えていく。犯罪者たちは通りから消えた。そしてこの時代になると、もう夜は消費者の世界、台頭してくる中産階級の世界、おどろおどろしさがとれた楽しい世界になっていた。たしかに生活の変化にはすごく地域差があったけれど、それも世紀末にもなってくると田舎といえども話は同じだった。面白いのは、ガス灯もやっぱり主要な通りだけを照らしてて、犯罪者たちはつぎに貧困層の界隈に集まってくるようになったといっているトコ。夜はみなほぼ平等に危険だったのが、その平等性がなくなっちまったなーという話だ。
 こういう話を絵画とか文学とかを引き合いに出して説明してくれるのでいろいろ勉強になりました。ほかにも夜の営みとか、酒場の乱痴気騒ぎとか、暗いところでのお話の効果とか、昔の人の眠りにはfirst sleepとsecond sleepがあってその間に一時間ぐらい起きてたのだとか、面白い話が多々。最後のは、なんかその間に見た夢について考えたり瞑想したりして内省的になる時間だったらしくて、昔の人は人生の全体像に思いを巡らしていたんだけど、現代の人はそういう時間もどんどんなくなり睡眠時間も少なくなり、大事なものを失っているんじゃなかろうか、っていうはなしへとつづく……。「みんなきけんだよ! もうちょっとじっくり考える時間をとろうよ! バカになっちゃだめだ! なにやら米軍が七日間睡眠しなくてもよい戦闘人間を作ろうと画策してるっていう情報を僕は聞いているぞ(Shiver!!)! みんな騙されちゃだめだ! しっかり寝よう! 考えよう! スイミンダイジ!!」……まあこういうのは置いとくてして、面白い本でした。先駆的な夜についての研究だそうです(2005)。樺山書評